目黒区祐天寺に新築した自社専用のレコーディングスタジオについてT社長に詳しく聞いた。
― 環境スペースに決めた理由を教えてくだい。
環境スペースはプレゼンがとてもよかったからです。 長い間自分がなんとなくイメージしていた「夢のレコスタ」をはっきり形にして見せられ、 更にその夢を掻き立てられてしまいました。「やられた」という感じです。
それに対してH社は、プレゼンすらなく一坪いくら、という見積もりだけでした。 H社とは長いつきあいで今まで本当によくやってくれて、阿吽の呼吸がありましたが、残念ながらこちらの レコーディングスタジオに対する想いを理解してくれていないと感じました。 見積もり金額を見る前に、自分の中ではもう環境スペースにしようと決めていました。
今回のレコーディングスタジオは、私にとってはかなり大きな買い物です。 車に例えれば、自転車ではなく「フェラーリ」を買うような感じです。 自転車にはカタログは必要ありませんが、フェラーリには立派なカタログや仕様書が欲しい。 環境スペースのプレゼンテーションは、「フェラーリを買うぞ」というこちらの高鳴る気持ちを 満足させてくれるものでした。
― T’sミュージックの業態を教えてください。
T’sミュージックは、主に家庭用ゲームソフトの効果音を制作する音響制作会社です。ゲーム会社から依頼を受けゲームソフトの効果音やテーマ音楽を制作し、納品します。これまでに音響を手がけたゲームソフトでは大ヒットしたものも多く、ゲームソフトの効果音では業界全体の4割のシェアを持っています。 設立は1989年、スタッフは7名です。
― T’sミュージックは環境スペースに何を依頼しましたか。
T’sミュージックは2007年5月、レコーディングスタジオ兼事務所を目黒区祐天寺のテナントビルの 地下一階に移転しました。環境スペースにはその設計及び施工全てを依頼しました。
― レコーディングスタジオが完成しての感想をお聞かせください。
小さいながらも、ぎゅっと詰まったスタジオに仕上がりました。 まず、デザイン。最初にぱっと見たとき、「かっこいいな」と思いました。決して大きいスタジオではないのに、 品格と重厚感があり、一流スタジオにもひけを取らない風格があると思っています。 中でも深い茶色の床の色は特に気に入っているところです。
音に関しても満足しています。最初に音録りをしたときにはうちのエンジニアが歓声を上げました。 こちらが想像をしていたよりも、はるかに良い音でした。
お客様が来ると「スターウォーズ エピソードⅣ」のファーストシーンをサラウンドでかけるようにしています。みんなその迫力に驚きます。無数の小さい宇宙船がヒュンヒュン飛んで集まってくる音とか、今まで聞こえなかった音まで鮮明に聞こえるので、「まるで別な映画のようですね」と言われます。
今まで、一流と言われるスタジオをいろいろ使ってきました。録音状況といい、遮音状況といい、 今まで使用してきたどのスタジオにもひけを取らないと思っています。とても満足しています。
― 祐天寺に移転する前はどこにレコーディングスタジオがあったのですか。
1989年の会社設立以来18年間、西五反田の住居用マンションの一室で音作りを行っていました。
― なぜ移転をしたのですか?
近隣からの騒音苦情に耐えられなくなったからです。西五反田のスタジオは住居用マンション5Fの 一室に簡易的に作った防音室でした。音を出すと上下階、特に下の階に響くため苦情が来ていました。 6年ほど前からそれがひどくなりました。
賃貸マンションなので住人は時々変わります。住人が神経質な方だったりすると毎日のように苦情を 言ってくるので、その対処に追われました。音を出す時間帯に気をつかったり、外部スタジオを借りて 録音したり、神経をすり減らしながら仕事をしていました。一方で業績は好調で、注文はどんどん来ます。 マンションの一室のレコーディングスタジオでは限界を感じるようになりました。
また、業務拡大計画も移転を決める後押しになりました。 T’sミュージックでは、今後は国内のゲームソフトの効果音だけでなく、ハリウッド映画など海外での 効果音制作をしていく計画があります。海外企業の信用を得るためには、近隣から苦情が来る マンションのスタジオでは難しいと思いました。
そのような理由から、西五反田のマンションを出て、どこか別な場所に新たに レコーディングスタジオ兼事務所を作ろうと決めました。
― では順番に詳しくお聞きします。T’sミュージックのレコーディングスタジオの条件 その1「サラウンドやウーハーにも対応できる防音性能であること」について、具体的にお聞かせください。
最近のゲーム効果音の主流になりつつある「ウーハー」と呼ばれるズシンと響く重低音は、下に響くので、 近隣苦情を避けるため他の録音スタジオを借りて録音を行っていました。
新しいスタジオではウーハーなども全て自分のスタジオで時間を気にせず録りたいと思いました。 そのため、ウーハー、サラウンド、映像を確認しながら音をつけていけるシステムなど、一流スタジオ並の ハイスペックな機材を入れる必要があります。新しいレコーディングスタジオは、そういった本格機材を 使用しても音が漏れない高レベルの防音性能があることが求められます。
― T’sミュージックのレコーディングスタジオの条件 その2「細かい仕様までカスタマイズーできること」について詳しくお聞かせください。
自社スタジオを持っている音響制作会社の中には、自社で使用しないときにレンタルスタジオとして 人に貸しているところもあります。しかし、T’sミュージックではそういったことはせず、100%自社で使用します。 レンタルスタジオであれば標準的な仕様にする必要がありますが、自社だけで使用するので細かい部分まで自分たちの思う通りにしたいと思いました。
新しいスタジオのイメージが固まり、さっそく移転先の物件探しを始めました。 レコーディングスタジオ向けの物件は限られており、探すのが難しく、 ようやく物件が見つかったのは探し始めてから半年後でした。
設計施工に関しては、最初はHという会社にするつもりでした。 H社は、西五反田時代からT’sミュージックの施工の仕事をお願いしていた施工会社です。
― 環境スペースのことはどうやって知ったのですか?
物件を探してくれた不動産会社の方から、防音室に強い施工会社があると環境スペースを紹介されて 知りました。とりあえず、H社と相見積もりをとってみることにしました。
環境スペースとH社は、見積もり金額はほぼ同額でした。
― 施工を決めて最初に何をしましたか?
環境スペースの担当のMさんに騒音測定をしてもらいました。祐天寺のビルの地下で、まだスケルトン (工事前の躯体だけの状態)の部屋で通 常我々が使っている音をそのまま出して測定しました。
レコーディングスタジオというのは、私たち当事者が想像している以上に大きな音が出るのだとそこで実感しました。爆音を使ったときなどは、ビル全体が揺れて、1Fに入っている美容院からクレームがきました。こんな状態で大丈夫なのか、と不安になりましたが、担当者のMさん曰く、「まったく問題ありません。この音は全て消せます」とのことでした。プロがそういうんだから心配なかろうと思い、細かい仕様を決める段階に入りました。
仕様については性能面もデザインもこだわってじっくり選んだので2ヶ月かかりました。
壁、扉、床、ダクト、空調など、Mさんが全ての仕様とその防音性能について、 「この仕様だと、こんな音を出した時にこんな結果になる」など、時には過去の失敗例を出しながら、 考えられる懸念事項を洗い出してくれました。あとは予算との兼ね合いで、どこを削り何を優先させるか、 一つ一つ決めていきました。
防音工事については私は素人です。完成した時に思い通りの防音性能が出なかったらどうしよう、など最初は不安と心配だらけで寝られないこともありました。でも、懸念事項を最初に出してもらったせいで、ぼんやりした不安がひとつひとつ消えていき、施工中も精神的に楽でした。
― デザイン面についてはどのあたりをこだわったのですか。
材質を決めるのに相当時間をかけました。 パンチカーペットなどは決めるのに1ヶ月もかかりました。 通常の業者ならもういい加減にしてくれ、と言われてもしかたがないかもしれません。 でも環境スペースの担当者は嫌な顔ひとつせずに選定につきあってくれました。
時間はかかりましたが、「選ぶ自由」を楽しめて、納得のいく仕様にすることができました。 工事も順調にすすみ、無事にレコーディングスタジオが完成しました。
― 完成し、実際に使用して、採用してよかったと思う仕様はありますか。
二つあります。「消音空調」と「D-40の防音扉」です。
この二つは予算をオーバーしましたが、結果的にやってよかったと思っています。
― では順々にお聞きします。「消音空調」とは何ですか。
「消音空調」とは、空調設備、つまりエアコンのダクトに消音装置をつける仕様のことです。
通常のエアコンだと、稼働している状態で小さい音を録ると、エアコンの吹き出し音を拾ってしまいますので、 エアコンを消さないといけません。夏の暑い盛りにエアコンを止めると、ほんの短い時間ですぐにスタジオ内は蒸し風呂状態になり、録音作業に支障をきたします。その点、消音空調だとずっとかけっぱなしでOKなので 室温を気にすることなくエンジニアは音作りに集中できます。
ただし、消音空調は価格が通常のエアコンの3倍です。仕様を決めるときに一番悩んだのがここでした。 でも、消音空調を採用したことで、いい仕事につながり、納品物の質のが向上することを考えればもとは 十分にとれると思っています。
― 次に「D-40の防音扉」について教えてください。
最初は一般的な防音扉にする予定でしたが、スタジオのすぐ横が打ち合わせスペースということもあり、 防音壁と一緒の防音性能(D-40)の扉にすることにしました。 出来上がってみると、よく使う爆発音なども全く外に漏れません。 スタジオでどんなに大きい音で録音をしていても扉さえ閉めれば 気にせず打ち合わせができます。
結局、この二つを採用したことで、当初の予定より300万円ほど予算がオーバーしましたが、両方とも投資価値のあるコストであったと納得しています。これらの仕様については、防音室の施工経験が豊富でなければなかなかできないアドバイスです。環境スペースに感謝しています。
― 環境スペースの施工で良かった点はなんですか。
「デッド」の具合がちょうどいいです。防音室は、吸音しすぎ(デッドすぎ)ると、そこにいるだけで気持ちが悪くなってしまいまうし、いい音も録れません。でもこのスタジオはデッド加減がちょうどいいの気に入っています。
また、わがままを全て聞いてくれたことがよかったです。施工の途中で「ここに鏡を貼りたい」というような、 予定にはないことを私が思いついてお願いしても、そのひとつひとつに丁寧に対応してくれました。 時には担当者が泊り込みで張り付いてくれたこともあります。
納期が予定より1週間ほど延びたのは予定外でした。 でも途中仕様が変わったりしたので、これは許容範囲でしょう。
― 環境スペースはどんなところに向いている設計施工会社だと思いますか。
私のように、スタンダードなものは要らない、「自分ライク」なものを作りたい、という人、もしくは会社には、 環境スペースが向いていると思います。仕様を標準化せず、一つ一つの要望に対してフルオーダーで 対応する。こういう施工というのは、大きい会社ではできないことだからです。
― 環境スペースに今後期待することがあればお聞かせください。
少人数のエキスパートがプロフェショナルな仕事をすという意味では環境スペースはT’sミュージックと 似たところがあります。経営者として、この体制を維持していくのは大変なのはよくわかります。 でもそれを求めている人たちは絶対にいる。その人たちのために、環境スペースにはぜひこれからも 頑張って欲しいと思っています。今回は本当にありがとうございました。